島根大学:統合腎疾患制御研究・開発センター寿命・老化シグナル制御部門(新設)

当部門では、寿命・老化制御シグナルを標的として、慢性腎臓病に代表される老化関連疾患の病態メカニズムを解明し、新しい治療法を開発することを目標に研究を行っております。
医学、生命科学の進歩により、人類の平均寿命は飛躍的に延伸し、中でも本邦は世界トップクラスの長寿国となっております。特に超高齢者人口は右肩上がりに増加し続けており、文字通り、『人生百年時代』の到来が現実味を帯びております。しかし同時に、現在我々は、長寿社会の実現とともに姿をあらわした超高齢化社会という未曾有の難問に直面しつつあります。老化は、慢性腎臓病、高血圧、肥満、糖尿病、サルコペニア、がん、などの様々な生活習慣病の最も重要な危険因子の一つとして知られています。これら老化関連疾患に対して新しい予防法・治療法を開発することは、高齢者が健やかで心豊かに生活する『健康長寿』を実現するための喫緊の課題であると言えます。当部門では、個体・臓器(腎臓・脂肪組織)レベルでの寿命・老化制御メカニズムを解明し、慢性腎臓病を含めた生活習慣病に対して新しい治療法を開発し、臨床応用を実現することを目指したトランスレーショナル型研究を展開しています。
近年、寿命・老化に関する研究は、予想を超える勢いで発展し、この20年ほどで大きなブレークスルーがもたらされました。例えば、霊長類・哺乳類において老化関連疾患の発症を遅らせ、寿命延長効果を発揮するカロリー制限の分子メカニズムの理解が進んでいます。その結果、進化的にも保存されたインスリン・インスリン様成長因子1 (IGF1)、AMPK、mTOR、サーチュインに代表される栄養応答シグナル伝達経路が、カロリー制限の寿命延長・抗老化作用を媒介することが明らかになっています。中でも、サーチュインは、その活性化により、数々の老化関連疾患モデルマウスにおいて顕著な治療効果を発揮するとともに、哺乳動物において寿命延長をもたらすことが報告され、近年特に注目を集めています。我々のグループは、サーチュインの活性を制御するNAD (nicotinamide adenine dinucleotide)という分子に着目しこれまで研究を行なってきました。NADは、約110年前に同定された非常に古い歴史を持つ酸化還元反応に重要な役割を果たす補酵素です。近年の研究成果により、臓器内NAD量の低下が、慢性腎臓病、糖尿病、高血圧、サルコペニアなどの老化関連生活習慣病の病態メカニズムを深く関与し、NAD合成の促進が、それらの疾患に対して劇的な予防・治療効果を発揮することが続々と報告されております。例えば、我々は、老化・肥満に伴いマウスの主要臓器でNAD量が低下し(Cell Metab. 2011)、脂肪組織のNAD量の低下が老化・肥満に関連する全身性の代謝異常症の病態メカニズムを担うことを発見しました(Cell Rep. 2016; PNAS. 2019; Endocrinology. 2021)。また同時に、NAD中間代謝産物nicotinamide mononucleotide (NMN)の投与が、マウスモデルおいて代謝改善・抗老化作用を発揮することを明らかにし(Cell Metab. 2011; Cell Metab. 2016; Cell Metab. 2018)、ヒトにおいても糖代謝を改善することを報告し、臨床応用への扉を開きつつあります(Science. 2021; Endocr J. 2024)。さらに、諸家によりNAD代謝異常が、慢性腎臓病、高血圧、サルコペニアなどの生活習慣病の病態に関与することが明らかにされています。これらの知見は、老化および老化関連疾患(生活習慣病)におけるNAD代謝の重要性を強く示唆するものであると言えます。
当部門では、遺伝子改変動物を解析することにより、個体・臓器(腎臓・脂肪組織)レベルでの老化・寿命制御メカニズムにおけるNAD代謝の役割の検証を進めています。また同時に、全身性の老化・寿命制御メカニズムを標的として、慢性腎臓病、肥満、糖尿病、サルコペニアを含む生活習慣病を一網打尽に予防・治療する新しい方法論を樹立するため、IKRAの他の研究部門と積極的な共同研究を展開しています(右図)。更に、慢性腎臓病患者、百寿者(IKRA)より得られた臨床検体を解析することで、NAD生物学研究の臨床応用を進めていく予定です。これらのNAD生物学を標的としたトランスレーショナル型研究の展開により、本邦において『健康長寿』を実現する一助となることを目指しています。
