島根大学:統合腎疾患制御研究・開発センター腎病理・百寿研究部門

加齢とともに腎機能は低下し高血圧などの合併により更に腎機能低下が加速します。当部門では、健康長寿島根をスローガンに腎臓老化の解明にむけて臨床研究、基礎研究を推進して参ります。
島根県は地域医療問題、全国有数の高齢化率から10年先の日本の医療を映し出すといわれています。将来の日本を映し出す島根県で全国のモデルとなるような加齢を中心とした地域医療、臨床、研究を推進し、健康長寿島根ひいては健康長寿日本を目指して参ります。
百寿者(100歳以上の高齢者)は糖尿病、動脈硬化の罹患率が低く、ADLが自立、認知症のリスクが低く、健康長寿のモデルとして着目されています。島根県は高齢化率が高いのみならず、10年連続で人口当たり百寿者が最も多い県です。農業就労率が高いことや魚中心の食事が健康長寿に寄与していると考えられていますが、その分子メカニズムは不明です。百寿者を訪問調査し、ADL、認知機能、食事、腸内細菌、尿バイオマーカー、代謝産物を測定して百寿者の腎機能含めた実態調査を行います。更に、慶應義塾大学医学部百寿総合研究センターと共同研究を行い島根県在住と首都圏在住の百寿者を比較することによって島根県独自の健康長寿メカニズムの解明をすすめて参ります。
百寿研究と連動して腎臓老化の解明に向けた基礎研究をすすめて参ります。老化の背景には代謝異常が存在することから、代謝異常から進行する腎臓老化の病態解明につなげたいと考えます。腎老化の最終形態として尿細管間質の線維化が存在します。特に我々はNAD(ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド)代謝と線維化についてこれまで研究を行ってきました。NADは補酵素で長寿遺伝子サーチュインを活性化し、様々な蛋白を脱アセチル化し、ミトコンドリアの機能増強など多彩な作用で細胞、組織保護効果を発揮します。NAD+量は加齢とともに低下し、NAD+が低下すると長寿遺伝子サーチュイン等は不活化され、寿命が短縮し糖尿病や肥満など老化関連疾患の発症につながります。NAD代謝の中で、我々はNNMT(ニコチンアミドメチル基転移酵素)と呼ばれるNAD代謝排泄経路に関わる酵素に着目し研究を行ってきました。ヒト血中濃度のNAD代謝産物を測定したところ、慢性腎臓病の進行とともにNNMTの上流物質(NAD産生基質)の減少、下流物質の増加が認められ腎機能低下に伴いNNMTを中心としたNAD代謝変容が認められました。そこでマウスモデルで腎線維化の意義について検討し、NNMT欠損マウスでは野生型に比べ腎内NAD量は増加し、長寿遺伝子サーチュイン1の発現量は増加、尿細管間質の線維化が抑制されました。ヒト腎生検サンプルでは腎線維化領域にNNMTは強く発現しており、NNMTの発現亢進が腎線維化に寄与すると考えられました。これらの結果より慢性腎臓病治療用医薬組成物として日本、米国で特許を取得しています。今後も引き続きNAD代謝を中心とした腎老化の病態解明を行っていきます。
老化は腎機能を直接悪化させるのみならず、慢性腎臓病の増悪因子となりますが、その病態解明には残念ながら至っておりません。その原因のひとつとして腎臓構成細胞は内皮細胞、メサンギウム細胞、上皮細胞、尿細管上皮細胞、線維芽細胞など様々な細胞から成り立っており、解析が困難であることが挙げられます。これまでの腎臓研究の手法としてバルク解析(複数の細胞をまとめて同時に解析)が行われてきましたが、個々の細胞の挙動を知ることは困難でした。一方、シングルセル解析は、個々の細胞ごとにデータを取得して解析する方法です。糸球体を構成する内皮細胞、上皮細胞、メサンギウム細胞はタンパク質などの発現量はそれぞれの細胞で大きく異なり、その違いが病態悪化に重要な役割を果たすことが近年示されており(JASN, 2020)、腎機能、腎病理、血液、尿データとシングルセル解析データを統合することにより、加齢腎疾患の病態生理の統合的な理解をIKRAメンバーと共にすすめる予定です。
我が国では長らく糖尿病性腎症が透析導入疾患の第1位でしたが、SGLT2阻害薬やミネラルコルチコイド受容体拮抗薬等の登場により、今後その割合が更に低下することが予想されます。一方、加齢や高血圧に伴う腎硬化症が近年増加しており、高齢化社会と相まってますますその重要性が増すことが危惧されます。IKRAのメンバーとして健康長寿島根を目指して腎老化の克服のため島根大学発の研究成果を発信していきたいと考えています。
代表論文
- Kanda T, Wakino S, Hayashi K, Homma K, Ozawa Y, Saruta T. Effect of fasudil on Rho-kinase and nephropathy in subtotally nephrectomized spontaneously hypertensive rats. Kidney Int. 2003;64:2009-2019.
- Kanda T, Hayashi K, Wakino S, Homma K, Yoshioka K, Hasegawa K, Sugano N, Tatematsu S, Takamatsu I, Mitsuhashi T, Saruta T. Role of Rho-Kinase and p27 in Angiotensin II-Induced Vascular Injury. Hypertension. 2005;45:1-6.
- Kanda T, Wakino S, Homma K, Yoshioka K, Tatematsu S, Hasegawa K, Takamatsu I, Sugano N, Hayashi K, Saruta T. Rho-kinase as a molecular target for insulin resistance and hypertension. Faseb J. 2006;20:169-171.
- Kanda T, Wakino S, Hayashi K, Plutzky J. Cardiovascular disease, chronic kidney disease, and type 2 diabetes mellitus: proceeding with caution at a dangerous intersection. J Am Soc Nephrol. 2008;19:4-7.
- Kanda T, Brown JD, Orasanu G, Vogel S, Gonzalez FJ, Sartoretto J, Michel T, Plutzky J. PPARgamma in the endothelium regulates metabolic responses to high-fat diet in mice. J Clin Invest. 2009;119(1);110-124.
- Kanda T, Takeda A, Hirose H, Abe T, Urai H, Inokuchi M, Wakino S, Tokumura M, Itoh H, Kawabe H. Temporal trends in renal function and birthweight in Japanese adolescent males (1998-2015). Nephrol Dial Transplant. 2018;33(2):304-310.
- Komatsu M, Kanda T, Urai H, Kurokochi A, Kitahama R, Shigaki S, Ono T, Yukioka H, Hasegawa K, Tokuyama H, Kawabe H, Wakino S, and Itoh H. NNMT activation can contribute to the development of fatty liver disease by modulating the NAD+ metabolism. Sci Rep. 2018;8(1):8637
- Kanda T, Murai-Takeda A, Kawabe H, Itoh H. Low birth weight trends: possible impacts on the prevalences of hypertension and chronic kidney disease. Hypertens Res. 2020;43(9):859-868.
- Takahashi R, Kanda T, Komatsu M, Itoh T, Minakuchi H, Urai H, Kuroita T, Shigaki S, Tsukamoto T, Higuchi N, Ikeda M, Yamanaka R, Yoshimura N, Ono T, Yukioka H, Hasegawa K, Tokuyama H, Wakino S, Itoh H. The significance of NAD+ metabolites and Nicotinamide N-methyltransferase in chronic kidney disease. Sci Rep. 2022 Apr 16;12(1):6398.
- Yoshimura N, Yamada K, Ono T, Notoya M, Yukioka H, Takahashi R, Wakino S, Kanda T, Itoh H. N-methyl-2-pyridone-5-carboxamide (N-Me-2PY) has potent anti-fibrotic and anti-inflammatory activity in a fibrotic kidney model: is it an old uremic toxin? Clinical and Experimental Nephrology. 2023 Jul 25.